渋沢史料館(東京・飛鳥山公園内)へ行くなら絶対に立ち寄りたい場所として晩香盧・青淵文庫の2箇所があります。
渋沢栄一が晩年を過ごしたであろう空間はときめくデザインでいっぱいです。
晩香盧
「晩香盧(ばんこうろ)」の名の由来となった菊の花。
栄一曰く「・・菊の花だけは晩節の香あり、後れて説を守るやうな香がする・・」
「晩節を清く」という思いが籠められているそうです。
決して派手ではない「晩香盧」は渋沢庭園内にポツンと建っています。
外観は園内の緑と一体化し質素な佇まい。洋館ながら日本家屋を思わせる格子の入口から内外の客人を招き入れたとされています。
晩香盧に入って直ぐに目に入った照明です。
ハートに切り取られた窓に鳥の文様が施されていました。
同じく入口付近で見かけた窓ガラス。規則正しく並んだ、まるで幾何学模様に見えるステンドグラスが印象的でした。
中は談話室になっています。
洋風茶室として作られた晩香盧ですがどこか和の雰囲気を併せ持つ落ち着いた空間になっています。
例えば大テーブル上に配された日本家屋でよく見かける四角い形の電灯。
デザインには竜・唐草・トリなど和のモチーフが用いられているそうです。
談話室に置かれた暖炉です。
上部ひし形のタイルには栄一77歳喜寿を祝って建てられたことから「壽」の文字が描かれています。
談話室の天井には白く美しい飾り彫りが施されていました。
晩香盧の広い窓から渋沢庭園を望んだ様子。
新緑がまぶしく当時、照明では決して明るくなかったであろう部屋を明るく照らしていました。
青淵文庫
栄一が生まれ育った埼玉・深谷の家の下に「淵」があったことから「淵上小屋」と呼ばれていたことに由来、栄一の従兄・尾高惇忠にって「青淵文庫(せいえんぶんこ)」と名付けられたそうです。
尾高惇忠から若し日の頃、中国孔子を始め学びを受けていた栄一。
尾高惇忠の存在なくして今に残る栄一もいなかったに違いないと思うと感慨深い限りです。
建物正面テラスの外塀です。
栄一80歳(傘寿)を祝って建立された「青淵文庫」建物・敷地には「壽(ことぶき)」の文字をあちらこちらで見受ける事ができます。
栄一の揮毫※による「青淵文庫」の扁額※が飾られていました。
※揮毫:筆をふるい字を書くこと
※扁額:横に長い額
建物内に置いてあった木製ボードです。
青淵文庫1階メインとなるのは閲覧室。
大きな部屋には布張りの椅子がたくさん並べられていました。
閲覧室の天井より吊り下げられたシャンデリアが目を惹きます。
窓枠に組み込まれたシャンデリアでは色とりどりのガラスが使わて美しいのひとこと。
洋風建築ですが和のテイストも。
両サイドには竜の文様を見て取る事ができます。
閲覧室内の腰板部分にある電気ストーブ。
内部にはヒーターと蒸発皿が設置、暖かくすると同時に蒸気による加湿機能も備わっていたようです。
建物内に使われているタイルは全部で2700枚とのこと。
渋沢家の家紋をモチーフにした文様とのこと。
幾何学模様に見えて実は柏の葉、どんぐりの実で構成されていることがわかります。
コロナ渦で?2階の公開は中止になっていました。
本来であれば鋼制で作られた書棚を見ることができたのかな(想像)。
見学方法&アクセス
晩香盧・青淵文庫は東京北区飛鳥山公園内にある渋沢庭園内にあります。
何れも史料館チケットで中を見学することができます。
まずは事前予約にて史料館見学を済ませた後、更に1~2時間かけて晩香盧・青淵文庫+庭園散策すると良いと思います。
JR・都電王子駅などから至近距離にある飛鳥山公園内。
アクセス法&渋沢史料館について以下記事に詳細記してありますので参考にしてください。