前記事[飯野線の山間を巡る旅2]からの続きです。
飯田線屈指の秘境駅である田本に降り立った私たち3人は宿泊地となる泰阜村まで山道を歩き始めました。
田本駅
切り立つ崖とダム湖に挟まれトンネルとトンネルの間に築かれたかのうな田本駅は秘境駅を堪能する上でこの上ない場所だろう。
自動車道もなければ家もない。
売店はもちろん自販機もない。
飯田線に乗り合わせた旅行者が呟いていた。
「何のためにこんな駅があるのだろう」
秘境駅にも道はある。
田本駅脇の階段
ダム湖と断崖絶壁しかないように見える秘境、田本駅にも実は道が存在する。
ホーム端まで歩くと階段が出現。
階段を上り切ると鬱蒼とした山道に繋がる。
たった今、上ってきた急階段より田本駅全体を望む。
ホームに飯田線があれば更に絵になるなぁ。
撮り鉄は1本列車をやり過ごして撮っていることを考えると大変だなと頭が下がる。
人気のない山道
「歩いて30分程度あれば宿に到着するだろう。」
という考えが甘かった。
予定していた短縮ルート入口にはロープが張られスズメバチの巣があるため通行禁止の看板が掲げてあった。
予定していた直登ルートと比較して距離にして3倍程度は回り道をして宿に向かうことになる。
殆ど人が歩かないのだろうか、荒れた道に倒木もたくさんあった。
道を塞ぐように蜘蛛の巣が張り巡らされ顔や体にについて鬱陶しい。
熱中症?
遠回りと言っても駅から宿まで1時間ちょっとあれば到着するだろうと思っていたが更に甘かった。
先を行くIさんが熱中症になってしまった模様。大量の汗と共に歩が急に遅くなり始めた。
駅ご飯ならぬ自炊用にと重たい荷物を持っていたことで更に体力を奪った模様。
夕方に差し掛かり直射日光の影響はないと言っても木々や草が生い茂った樹林帯、風通しが全くない山道はメガネが曇るほど湿度が高かった。
雨雲が近づいて来ていることは知っていた。
しかしこうなると予定は未定だ。
多めに休みを取る、Iさんがひとりで持っていた重たい荷物=自炊セットを分散(と言っても私は殆ど持っていないけど)などして山道をやり過ごすことにした。
樹林帯をやり過ごした後、少し開けた場所でに出ると太陽光が届くのだろう、腰付近まで届くほど雑草が生い茂った道へと変わった。
前を歩くはIさん。
分散したとはいえ熱中症回復もままならない状態でまだまだ重い荷物を背負って辛い歩が続く。
車道に出た。
車らしい車は走っていなかったも、いざとなれば車を呼べるので安心だ。
車道とは言え里山よろしく長閑な風景の中を歩く。
宿への道すがら神社があった。
宿到着
宿に到着した。
山小屋に毛が生えた程度と考えていたも想像以上に新しくキレイだった。
到着した直後に大雨になった。
体調不良を起こしたIさん自身、多分相当辛かっただろうと想像も何とか無事に宿まで辿りつけて、また歩いている間い大雨に見舞われることがなくて良かったと思った。
まとめ
地図から始める旅
秘境駅を訪れる人は多いも列車を降りる人は少ない。まして駅を離れて山道を歩くことを考える人は皆無に等しい。
今回、宿泊先となった泰阜村のやまびこ館はIさんが地図を見て「田本駅より歩いて行く事が出来る宿」をチョイス&予約した宿だ。
そこに口コミやガイドブックの入り込む余地はない。地図と睨めっこする、地図から始める旅だった。
余裕のある計画と不測の事態
今回の山歩きについて
連れの二人が揃って地図読み達人だったことから低山にありがちな道迷いの不安は殆どなかった。
それでもわずか1時間に満たない山行計画の中で蜂の巣による回り道、熱中症と立て続けてアクシデントに見舞われることになった。
標高が高いメジャーな山に比べて人気のない低山はある意味、危険だ。
ひとたびトラブルに見舞われると援助をこう人が周囲にいないため全て自分たちで何とかしないといけないからだ。
体調を崩せば思い通りに事は進まないことは以前に高山病で動けなくなった私も身をもって体験している。
熱中症と高山病では違うところはあるとは思うもIさん自身はさぞ辛かったと想像する。
不測の事態に見舞われながらも何とか宿にたどり着くことが出来た、出来ると思うことが出来たのは一重に無理な予定を立てていなかったことに尽きる(荷物が多過ぎた点は除く)。
日が暮れるまで余裕が十二分にあるうちに山道を移動することはどれだけ短い山行であっても大切だと改め思った。